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[INTERVIEW] 写真家・笹口悦民が切り取る生と死の狭間

Photograph | 2024.02.07

Text by Hinata official

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 2023年7月30日から8月8日にかけて、表参道にあるAFRODE CLINICで個展「SHIZUKU 雫」を開催した写真家・笹口悦民氏。
 絢爛に懸命に生命の美を体現する花々をフレームに収めた「百花繚乱」シリーズを代表作とする同氏が、本個展では同じく花をモチーフとしたNFTムービーアートが展示・販売された。

 今回は、個展についてとNFTとして販売されたムービーアートを中心に、同氏がファインダー越しに見ている世界を伺っていく。

医療機関を彩る生と死、その意義

―― まずは個展「SHIZUKU 雫」の開催、お疲れ様でした。
   笹口先生は、強さや儚さ、美醜といった様々な側面から見た「生命」感じさせる作品も多く手がけていらっしゃいますが、個展会場がまさに生命の最前線である医療機関であることはなにか感じるものはありましたか?

【笹口悦民】
私が常に惹かれる被写体やストーリーとは、単に美しいだけ、強いだけなど一方向から見て完結するようなものではなく、常に相反する要素が同時に存在しているものになります。

日常を暮らしていても感じることですが、私たちは常に矛盾を抱えていきていく生き物だと思います。
今回、美しい花が2週間かけて枯れていく様子を撮影した動画の作品があります。こちらも花の美しさは永遠ではなく徐々に朽ち果てていきますが、その朽ちていく様子にもまた別の美しさを感じることができます。

今回の展覧会を会場となったアフロードクリニックで開催できたということはとても大きな意味がありました。病院という場所は私たちが普段あまり意識することのない生と死ということを想起する特別な場所であり、まさに私が常に興味を持ってきた相反する無意識というものがより鋭利に感じることができました。

写真家・笹口悦民が大事にしている観点とは

―― 今回は、笹口先生の撮影秘話や写真家として大事にしている観点を感じることのできる動画の上映もありましたね。
   失礼ながら私も『豊穣 -1-』や『豊穣 -2-』はデジタル加工したものだと思っていたため、すべてアナログで実現した描写ということに驚きました。

豊穣 -1-
豊穣 -2-

【笹口悦民】
正直言いますと、私は小学生の頃からパソコンをいじっていて当時から自分でプログラミングをしたりしていました。
30年以上前にアメリカでアップルコンピュータが発売された頃には、早速アメリカから取り寄せて使ってみたり、秋葉原で速いグラフィックボード、プロセッサなどのパーツを買ってきて自作のパソコンを組み立てて無理やりマックOSを乗せてデジタル処理に使っていました。なので、写真のデジタルレタッチを始めたのは多分日本で自分が一番早いのではないかと思います。
このようにどちらかというと自分はデジタルネイティブなわけで、決してテクノロジーやデジタルでの作業を嫌っているわけではありません。むしろ好きな方だと思っています。

―― そうなんですか!なぜ、デジタル加工しない作品づくりをするようになったのでしょうか。
   デジタル技術が様々な面でクリエイティブを助けてくれる今、アナログを貫くのはかなり強い信念が必要かと思います。

【笹口悦民】
長年写真に携わってきた中で、私は人間の目の解像力、理解力というものに感銘を受けるようになりました。

例えばですが一枚の重たい無垢の木の板があって、一方で見た目はそれと全く同じ材質の板なのですが、こちらの中身は別の素材か空洞で表面だけ薄く木の板を貼ってある合板が横に並んでいたとします。不思議なことに私たち人間はこの二つの板を見たときにすぐに直感的に、どちらが無垢で厚みのある一枚板であるのかわかります。表面だけ見れば全く同じもののように見えるはずなのに、私たちは実際にはその奥にあるものを物体の表層からも感じ取ることができます。
これは何万年という長い年月をかけて人間が生物として生き残るために備わった能力なのかもしれませんが、見ただけで私たちは無意識のうちに物体の厚みや重さなどを経験上から感じ取っていると思います。

そして人間の目が感じ取れるこの奥にあるものが本質であり、リアルな写真には少しだけそれが表現ができ感じられると私は思い、それを信じて写真を続けているのだと思います。

一方で全てデジタルで作られたものを見ると、どうしても薄っぺらいものに見えてしまい、その物体の中身を感じ取ることができませんでした。このことに気づいてから、デジタルデータを扱うときはより慎重になり、必要以上にデジタルに頼らない方法を考えるようになりました。

儚い命の体現としての花 -或る愛の形、百花繚乱-

―― NFTムービーアート「或る愛の形」は、先生の代表作である「百花繚乱」シリーズ同様、花々をモチーフとした作品でした。
   花々を撮影することは、先生にとってどのような意味をもつのでしょうか。

【笹口悦民】
花自体が被写体として美しいというのはもちろんですが、花の美しい期間は残念ながらとても短く、枯れていく時間も速いので、そのために花という存在自体が私にとって生き物の生と死を強烈に意識させる存在であるというのが大きな理由かもしれません。
私は対立する意味や内包する矛盾というものを表現していきたいと思っていますので、生と死という相反するイメージを想起させる花という視点からの撮影はライフワークとして取り組んでいきたいテーマでもあります。

百花繚乱 -1-
百花繚乱 -2-

―― 今作「或る愛の形」、そして代表作の「百花繚乱」シリーズなど、フラワーデザイナー梶谷奈允子氏とのコラボレーションではどのような打ち合わせをされるのですか?
   少しくすんだ色味で整えられた花々は、花の作品としては珍しいように感じます。

【笹口悦民】
多くの作品をフラワーデザイナーの梶谷さんとご一緒していますが、彼女の代表作で枯れて朽ちた木や草花を使ったとても美しい作品があります。普段は美しい生花を使ってお仕事をしていますが、生花と同様に朽ち果てたものの中にも美しさを感じ取っている感性をお持ちだと思います。
そんな彼女との共作はとてもスムーズで、特に事前に打ち合わせなどは行わず、その場でお互いのインスピレーションで進めていくことが多いです。

「百花繚乱」シリーズですが、こちらは画面いっぱいに溢れるばかりの大量の花を撮影しています。
花を色鮮やかに明るく表現する作家さんも多いですが、私にとってはこの溢れるような花の美しさをストレートに撮影するだけでは生命力が過剰に感じたため、あえて影を深く落とすようなライティングをして、花の明るい部分と暗い部分を強調することによって生命力とその先にある影(花の死)を予感させるような作品になっています。

―― 確かに、作品からは栄枯盛衰というか、邯鄲の夢というか……。必ず訪れる凋落を強く感じます。
   それをより直接的に、見える形で表現したのが「或る愛の形」でしょうか。

【笹口悦民】
そうですね。「或る愛の形」は花が2週間かけて朽ち果てていく様子を、定点カメラで撮影し5分程度に編集した動画作品です。

一見すると花をアレンジして生けただけの写真に見えますが、ゆっくりとしたスピードで花は朽ちていきます。現実世界での人間のスピードでは見ることができない不思議な時間の進み方を感じることができると思います。普段意識することはないとは思いますが、私たちすべての人間も1日1日と死に向かって進んでいることは間違いなく、花の一生を5分という短い動画を見ることによってそのことを感じ取っていただければと思いました。

こちらは2週間かけて1分に1回シャッターを切り、何千枚という写真をつなぎ合わせたものになります。
この作品を制作する際に一番大変なのは、最初から最後の1枚まで全く同じ条件(同じ照明で同じアングル)で撮影をしなければならないということです。撮影の間はスタジオを完全に真っ暗にして、熱くならない照明機材を使って撮影をします。そのためこの撮影の間は常に真っ暗です。

三脚が動くと失敗なので、近くを歩くときもとても気を使います。シャッターはコンピュータに繋いで電子制御なのですが、エラーがないか、バッテリーは大丈夫かなど常に監視をしておく必要もありました。事前のテスト撮影では何度か失敗がありましたので、最後まできちんとできるか不安を抱えながらの作業でした。

現実と仮想現実が穏やかに混じり合う未来へ

―― 最後に、写真家としてNFTやブロックチェーンなどの最新デジタル技術に期待することはありますか?

【笹口悦民】
NFTについては本当にあまり知識がなく、色々と教えてもらいながらの作業でした。

その中で私が感じた印象ですが、今まではアートや建築作品などを鑑賞するには実際に美術館やギャラリー、または建築があるその場所に行くか購入するなどしなければならず、それなりにハードルがありました。むしろそのハードルがあるために、作品に権威付けが担保されており、そこに日常とは断絶された何かを体験できたのではないかと思います。
それらがデジタルデータとなり時間や場所を選ばず共有できるようになることによって、その断絶が取り払われることによってより多くの人に共有してもらうことが可能になることはとても喜ばしいことだと思います。作品はデジタルデータではありますが、それらを見て感じるということは紛れもないリアルな体験でもあります。

デジタル技術によって、アートというものが壁で断絶されたものではなく、やがてゆったりとした穏やかな海に混じり合って行くような感覚を私は憶えます。

私の過去の映像作品で「攻殻機動隊」のアニメを実写で撮影したスピンオフのショートフィルムがあります。
このアニメの世界では人々は現実世界と仮想現実が同時に存在する世界で生活をしています。こちらも個々が断絶された世界ではなく、ニューラルネットワークの中でお互いが繋がった穏やかな仮想現実空間を漂っています。

そんな中でふと立ち止まって鑑賞してもらえる、そして何かを感じてもらえるような作品を作り続けることができればと思います。

―― ありがとうございました!

笹口 悦民


笹口 悦民

1970年、北海道生まれ。国内外においてVOGUE、ELLE、Harper’s BAZZARなどの雑誌、ファッション・ビューティー広告を数多く手がける。2014年、「攻殻機動隊 ARISE border:less project」でショートフィルム「FORESEEING 2027」の監督、撮影監督を務める。2016年11月より3ヶ月間、箱根彫刻の森美術館にて写真展「無言の恍惚」を開催、延べ15万人の動員を記録。2018年より2020年まで歌舞伎の舞台裏をテーマに撮影した写真展「双蝶のうたたね」を開催。

◾︎Advertising
Japan: JAL / KIRIN / Panasonic / トヨタ / Microsoft / KOSE / カネボウ化粧品 / P&G / ALBION / 伊勢丹 / 高島屋 / 三越 / MIMC
Global: LUX / ADIDAS global campaign / UNITED COLORS OF BENETTON / CHARMANT /MAC/GRAFF /Piaget/Richard Mille/AUDEMARS PIGUET/MIKIMOTO/GUCCI/SHISEIDO GINZA/Cartier

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笹口 悦民

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